母の本棚、子どもの本棚 ― ことばは、今も。
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河合隼雄・立花隆・谷川俊太郎「読む力・聴く力」(岩波現代文庫)


心理・ノンフィクション・詩の大御所三人による、「読むこと、聴くこと」をテーマとした講演とシンポジウムを書き起こしたもの。それぞれの職業によって「読むこと、聴くこと」の捉え方が異なってくるのが面白い。

臨床心理学者の河合隼雄氏にとって「聴く」のは「本職」。ただ、その聴き方として「ぼんやり聴いている」というのは驚きである。言葉一つ一つにとらわれていると本当に大事な部分を逃してしまうので、クライアントの言葉とは違うほうに注目するのだという。素人にはいかにも難しそうで、聴くのにはエネルギーがいるという話に納得である。また、クライアントの状況を感覚的に判断する「芸術的判断」や「勝負師」としての出方も必要だということだが、心を病んでいる人相手の対応として大丈夫なのか?とこれまた素人感覚では危うさをも感じさせる「聴き方」だなと思った。

ノンフィクション作家の立花隆氏は子どものころからかなりの読書家だったという。彼は一冊の本を書くために百冊を読み、さらに取材をして「根掘り葉掘り聴く」という。その「聴き方」は河合氏のそれとは大きく異なり、情報、知識を得て理解し、アウトプットするための手段である。

講演の代わりにアンソロジーを寄せた谷川俊太郎氏は、さらに立花氏とは異なり、本を読んでそのアウトプットとして詩が生まれる、ということはない、という。詩とは言葉にならないものを日々インプットし、それを言語としてアウトプットするものだという。確かに詩というと感覚的な印象があり、情報とはまた異なるもののアウトプットの手段なのだろうと思った。

後半部分は谷川氏が司会を務めたシンポジウムとなっている。その話題は各人の子どものころの読書体験からインターネット時代の「読むこと」に関することまで幅広い。特に、インターネット社会では情報が平面的にも深さとしても広がっているが、そのすべてを読むことはできないので、あとは偶然の出会いや各々の経験と知恵による「俯瞰する能力」次第だ、という話は興味深かった。
河合氏と立花氏との間で話が盛り上がり、途中で「仕切りにくい」と谷川氏が苦言を呈している場面などもあり、面白い。でもこういった講演はやはり生で直接「聴く」のが最も良いのだろう。

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河合隼雄「こころの最終講義」(新潮文庫)
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(2013/05/27)
河合 隼雄

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河合先生の京都大学などでの講義をまとめた一冊。
コンステレーション(出来事が全体の中で関連をもって生じること)、物語と心理療法、、物語と日本文化、物語の中の男性と女性、アイデンティティなど河合先生が追究してきた主なテーマが凝縮されている。

私は心理学をきちんと勉強したことがないので、偉そうなことは書けないが、素人から見ると、フロイトの精神分析にせよユング心理学にせよ、なかなかすんなりとは受け入れがたいものがある。
本書も同様で、コンステレーションはオカルトめいた面があるし、「心と体」という区分は理解できるとしても、そこに「魂」という第3のカテゴリが登場し、さらに「魂が腐っている」などと言われては、宗教的・非科学的な印象が否めない。
この点については、特に最終章で河合先生ご本人が触れている。

深層心理学とは客観科学ではないので、科学的な数値などで証明できるものではないが、人間の生き方の根本に迫る学問分野である。現在は自然科学が強固に発達し、たとえば「生きている間に良いことをしていれば、死んだら極楽に行ける」などといった「ファンタジー」を人々が抱きにくくなっている。そのため、心のよりどころをもつことが難しくなっているという。そこで深層心理学が求められるのだろう。これにはなるほど、と納得した。

つまり、本当に極楽があるかどうか、それが正しいかどうか、が問題なのではなく、その人がある種のファンタジー、物語を持つということにどんな意味があるのかを解明することが重要だ、ということだろう。科学的な思考も大切だと思うが、それだけに縛られると、その人の精神を支える「物語」を失う。それは危険なことなのだろう。

本書で面白かったのは、「落窪物語」「日本霊異記」などの古典を河合先生が読み解く講義。特に隠れキリシタンの神話が興味深い。
旧約聖書が日本に入り、隠れキリシタンの中で「天地始之事」という神話として共有されると、その中身が「日本流」に書き換えられてしまう。仏教批判が付け加えられたり、アダムからイヴが生まれるという男性原理が優位である旧約聖書が、アダムとイブが独立して生まれ、女性原理の強い物語になっていたり、日本書紀の話が入り込んだりしているのだ。、そして、そこから西洋人と日本人のさまざまな違いが見えてくる。

河合先生の物語分析の本には面白そうなものが数多くあるので、他の本も読んで勉強したいと思っている。