妊婦と読書 ― ことばは、今も。
本好きOLが妊婦になりました。妊娠生活と、読書記録を綴ります。
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角田光代「予定日はジミー・ペイジ」(新潮文庫)
いつか妊娠したら読もうと思ってとっておいた、角田光代の妊娠小説。



本書は、ごく平凡な一人の女性が妊娠してから陣痛が起こるまでを日記風に書いた小説。
といっても大きな事件などは一切起きず、出来事といえば、せいぜい主人公の妊婦マキが夫と喧嘩してトイレに立てこもったり、昔の恋人にこっそり会ったりするくらいで、彼女は切迫早産やつわりに苦しむこともなく、何気ない日々を送っている。夫さんちゃんは単純で気の弱いところがあるが、いつも優しく、マキの妊娠、出産にとても協力的でほほえましい。マキは恵まれている妊婦といえるだろう。だからドラマ性を求めてこの本を読むと拍子抜けしてしまうかもしれない。
私が少しひっかかったのは小説に出てくる男性たちが妊娠、出産に前向きすぎ、さらに単純すぎるところだろうか。マキが母親学級で知り合った佐伯さんの夫が、一夜の過ちで子どもができたことを素直に喜んで入籍を望んだり(多くの男性なら恐れて逃げ出しそうなところだ)、赤ちゃんグッズを買いに行くシーンで夫さんちゃんをはじめ、男性のほうが夢中になって買い物をしすぎ、妻にたしなめられたりしている(私は男性が赤ちゃん用品の買い物に夢中になるとはあまり思えない)様子に、違和感を覚えてしまった。
一方で、妊娠を知って戸惑う心情や母親学級になじめないシーン、知らない妊婦とブログ、メール(今ならTwitterだろうか)でつながり、励まされるエピソードなど、妊婦なら共感できそうな部分も多い。
妊娠と並んで本書の大きなテーマとなっているのが、マキと亡くなった父との確執だろう。マキは、飲んだくれでいい加減で、人に迷惑ばかりをかけていた父を憎んでいる。父の誕生日と赤ちゃんの出産予定日が近いことから、そのわだかまりが再燃し、消えることはない。マキはもちろん最後まで父のことを完全には許していないのだろうが、それだけにこの小説で一番感動的といえるラストシーンは、少し救われるような気持ちになった。

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さくらももこ「そういうふうにできている」(新潮文庫)
もう20年以上前に出版された本だが、さくらももこの妊娠エッセイがあったことを思い出し、読んでみた。


さくらももこのエッセイには昔はまっていたことがあり、さくらももこは漫画よりエッセイのほうが面白いなあと思ったものだが、この本も、特に前半は昔ながらのさくらもものエッセイ、という感じがして笑ってしまう。
トレンディだと思って行ったヘンテコ産婦人科でやたらと高圧的な産婦人科医に怒られたり、基礎体温を測るのを面倒くさがっていい加減な体温グラフを作ったり、便秘と戦ったりするあたりは、小学生の「まるちゃん」がそのまま妊婦になったかのようでおかしい。

さくらももこ自身が「珍事」と書いているように、妊娠・出産時には精神面でも体調面でも普段経験しないような色々なことが起こる。そして、つわりにずっと苦しむ人がいれば全くつわりの症状がない人もいるように、その変化の現れ方は同じ妊婦でも一人一人随分異なっているものだから、他の妊婦はどうなのか、やっぱり気になる。だから、こういった「体験談」的な本は最後まで読まずにはいられない。

それにしても、さくらももこの場合は、妊娠中の感情の起伏が激しすぎるのではないか?やたらとスピリチュアルな方向に思考もぶっとんでいるし、大丈夫かしら?と思ってしまった。ただ、確かに自分のお腹の中に別の生命体がいるというのはとても神秘的なことであり、生命、魂といったものに思考が及ぶのはわからないでもない。なかでも、自分の体の中で妊娠・出産という今まで経験したことのないことへの準備が着々と進み、だれに教わるでもなく胎児が育ち、生まれてくるのは、このエッセイのタイトル通り、まさに「そういうふうにできている」からだとしか言いようがなく、実に摩訶不思議で貴重な生理現象だと思う。

飯間浩明「三省堂国語辞典のひみつ 辞書を編む現場から」(新潮文庫)
『三省堂国語辞典』の編纂者による、辞書エッセイ。
筆者の言葉に対する、そして何より『三省堂国語辞典』に対する熱い思いが伝わってくる一冊。



国語辞典にあまり興味がない人からしてみれば、辞書は皆同じに見えるかもしれないが、それは大きな間違いである。
それぞれの辞書にはそれぞれの編集方針があり、ターゲットがおり、こだわりがある。本書はまず、主な辞書の特長を紹介するところから始まる。

『三省堂国語辞典』の特長は、現代使われている言葉を、中学生にも分かりやすく説明しているということだ。
現代広く使われている言葉であれば、「www」も「ガン見」も「中の人」も辞書に載る。また、たとえば「的を得る」「汚名挽回」といった、よく使われるが従来誤りとされてきた表現(前者は「的を射る」、後者は「汚名返上」が正しい)も、状況に応じて辞書に取り上げる。
これらの新語や言葉の誤用、若者言葉などは、頭の固い学者なら、「言葉が乱れている」「誤った使い方だ」と切り捨ててしまいそうだが、筆者は頭ごなしに誤っていると否定するのではなく、用例を集め、状況を分析し、言葉の変化がなぜ生じたのかを調査し、その調査結果を辞書に反映させていく。その丹念な姿勢にはただただ感服、である。
そして、新語や誤用に関する筆者の解説を読んでいると、改めて言葉は生きており、日々変化しているということがわかる。

もちろん、筆者の調査対象となる言葉は、新語に限らない。たとえば「ライター」の語釈を書くために、実際にライターを買ってきて分解し、その構造を確認してみたり、「ゆべし」の語釈を書くために、実際にゆべしを食べてみたりと、一つの語釈を書くためにここまでするのか!と驚かされることばかりだ。

言葉を収集するためのツールが紙の「用例カード」からタブレットなどに変化した現在も、言葉に向き合う辞書編纂者の真摯な姿勢は変わらない。
単純なもので、このような本を読むと、もっと言葉を大切にしたいものだ、としみじみ思う。
最近はネットでささっと言葉を調べて満足してしまい、丹念に辞書を引く機会が減っていると思うが、もっと言葉を丁寧に扱う人が増え、筆者の努力が一般の人に伝わることを心から願う。


穂村弘「もしもし、運命の人ですか。」(MF文庫)
キュート過ぎるタイトルに惹かれてタイトル買い♡
知る人ぞ知る、人気歌人ほむほむの恋愛エッセイ。

もしもし、運命の人ですか。 (MF文庫ダ・ヴィンチ)もしもし、運命の人ですか。 (MF文庫ダ・ヴィンチ)
(2010/12/21)
穂村弘

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妄想癖があり、自意識過剰で繊細、小心者。エッセイからうかがえるほむほむの人物像はそんなところか。
高速道の料金所にいた女性は、もしかしたら女神なのでは、と思い込んでしまうほどの妄想癖。
コンビニの買い出しに行くと名乗りをあげたところ、「じゃあ、わたしも行く」と言った女性の「じゃあ」に自分への愛の告白の意味が含まれているのではないかと思ってしまう自意識の強さ。
「このフタ、固いの。開けてくれる?」そんな何気ない女性の一言が試練だと思ってしまう小心者ぶり。
うーん、これは惚れてしまうね(笑)!

時にくすっと笑ってしまい、時にその突飛な発想に驚き、更には恋愛についての洞察力の深さに我が身を振り返ってどきっとし、なぜか共感してしまう。そして読み終わった後にはすっかりほむほむのファンになっている…という罠が仕掛けられている本のようだ。

私が一番きゅんときたのは、車の運転が下手すぎて都内の数か所の駐車場にしか車を停められない、電話の使い方はわかっているのに心理的にどうしても会社の内線電話がかけられない…という小心者エピソードを語った「『送るよ』の重圧」。

それ以外の章にも胸きゅんの罠がたくさん仕掛けられているので、要注意。








安野モヨコ「美人画報」(講談社文庫)



美人画報 (講談社文庫)美人画報 (講談社文庫)
(2004/11/16)
安野 モヨコ

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今から15年ほど前に「VOCE」で連載していた、安野モヨコの美容エッセイ。
「15年も前の美容エッセイなんて読んだって、古くて意味ないんじゃ…」とつっこみながらも読んでみると、ちょうどモヨコ氏が今の私と同い年だった頃のエッセイなので親近感も湧くし、ファッション誌をだらだら眺めているような感覚で、モヨコ氏のおしゃべりとイラストを見ていると、ちょっと楽しい。

「美容院に行くといつも自分の希望通りの髪型にならない」とか、「部屋をきれいにしようと思いつつ、すぐ物であふれてしまう」とか、共感できる自虐ネタが多い一方で、高級ブランド品をドカ買いしていたり、エステやヘアカットのために海外に行ったりと「ふつうのOLにはこんなことできないよ!」と言いたくなるようなセレブぶりが綴られていて、そのギャップが激しい。

それにしても、「美人」を極めるには、ファッション、メイク、ダイエットから始まって、規則正しい生活、品のある言葉づかい、きれいな部屋作りetc…とやらなきゃいけないことがなんて多いの!!
まあ、別に今のままでも死ぬわけじゃないし、このままでいっか、と結局面倒くさくて何もやらないので、この手の本を読んでも何も効果がないのだ、とほほ。