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パウロ・コエーリョ・著、山川紘矢・山川亜希子・訳「ピエドラ川のほとりで私は泣いた」(角川文庫)


 小さな町で生まれ育ち、手堅い職を得、そろそろ結婚を...と平凡な人生を送っていた現実主義者の29歳のピラールのもとに、ある日、幼馴染の男性から「自分の講演を聴きにきてほしい」という手紙が届く。
12年ぶりに再会した彼は宗教家になっており、人々を癒し、教え導く奇跡の力を持っていた。
彼はピラールに12年来の愛を告白し、そして言う。自分と一緒に来てほしい、と。

ピラールは戸惑いながらも彼についていく中で、これまで失っていた本当の愛と信仰心を取り戻し、自分が本当にやりたいと思っていることに気づいていく。
一方で彼はピラールへの愛を断ち切り、このまま修道士として生きるか、彼女と結婚し、一般の人間として生きながら神に仕えるか,という究極の選択に迫られていた――。

信仰心のない私にとっては、聖母マリアをはじめとする神の女性性や、修道士の彼の説く奇跡の話は、 正直あまりよく分からない部分もあった。
しかし、一方で「人は失敗をおそれるあまり、“他者”に支配されるようになり、自分の本当にやりたいことを見失っていく」という話や、奇跡は毎日の生活の中にある、と説いている部分は以前読んだ「アルケミスト」と共通して筆者が主張しているテーマであり、無宗教の日本人でも分かりやすい。

3分の2くらい読んだところで、だいたい先が読めてしまったが、ラスト20ページで裏切られ、「えっ、こんな悲しい終わり方をするの?」と思ったら、エピローグで、いい意味で小さく裏切られた。
彼の奇跡の力は戻るだろう。そこには 苦しみもあるだろう。 でも自分の生きる道を見つけたピラールはきっと幸せなのだ。


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伊達敦「まだ若手社員といわれるうちに知っておきたい「会社の数字」」(講談社)
かろうじてまだ二十代、「若手社員」のつもりなので、こちらを読破(笑)




会計の知識がほとんどない人向けに会計の基本のきを教える本。
それぞれの章の冒頭にケース・ストーリーがあるので、気軽に読み進めることができる。
そして、第一章の冒頭で、いきなり自社が黒字倒産する、という衝撃的なストーリーから始まるので、危機感を煽られて読む気になるはず。

扱っているテーマは下記のとおり。

・資金繰り…流動資産と流動負債から、支払い能力をはかる
・損益分岐点と採算性
・借金によるレバレッジ効果
・金融商品の投資リスク
・約束手形とは
・取引先分析…ABC分析
・人件費と労働分配率

広く浅く基本の「き」を教えてくれる本なので、就活生などが読むと勉強になると思うが、社会人数年目となると、ちょっと物足りなく感じるかもしれない。
本書を読んでもっと詳しく知りたいと思ったら、別の本にあたる必要がありそうだ。

伊集院静「駅までの道をおしえて」(講談社文庫)
大切な人とのかけがえのない時間、死、別れ、野球…それらをキーワードとした短編集。



気に入った話を2作紹介。

・「駅までの道をおしえて」
とても切ない物語。
愛犬ルーが死んだことを認められず、ルーの幻と毎日散歩をし続ける少女、サヤカ。
大事な息子が死んだことを認められず、一人さびれた喫茶店のマスターを続けるフセ老人。
そんな二人が一匹の犬を仲介に知り合う。
二人とも、心の奥ではわかっている。本当は、自分にとって大切な存在であったその人(犬)が、もうこの世にはいないことを。
どんなに待っていても、彼らは自分の前に二度と現れないことを。
「私は、神さまはいないと思う」
フセ老人のセリフが胸にずっしり響く。

女の子のセリフやキャラクターがいかにも作り物じみていて、話の展開もできすぎているのがちょっと残念だが、設定されている風景がとても美しい。
夏の海、青い草原、途中で切れた線路、死者との出会い…
まぶしくて目をそむけたくなるくらい、幻想的で清々しい風景。映像化したらきっときれいな作品に仕上がるだろう。

駅は生きる者と死んだ者を隔てる場所。電車は死者を天国に運んでいく。


・「シカーダの夏」
「二十歳の夏に再会しよう」 中学時代にそう約束して別れたひと夏の友人に会いに、「ぼく」は海辺の街へ向かう。
「ぼく」が思い出すのは六年前の夏のこと。
亡くなった母。草野球を通じて出会った少年たち。少年らをとりこにした、花の似合うまぶしい女の子、ヒマワリさん。必死の喧嘩。
果たして友人たちは元気にしているだろうかー。
これも海をはじめとする風景設定がとても美しく、映像向きの物語だと思う。
一方でこちらもキャラクターや話の展開がいかにも作り物なのがちょっと気になる。
戻らない少年時代を懐かしく振り返る青年の姿、そして、待ち合わせ場所に友人たちが集まってくるラストシーンでさらりと描かれる残酷な結末が、また切ない。


平木典子「アサーション・トレーニング」(日精研)


アサーションとは、「自分も相手も大切にしながら、意見や考え、気持ちを率直に、正直に、その場にふさわしく表現すること」
を言うらしい。自分が相手に合わせて我慢するのではなく、かといって相手の気持ちを無視した発言をするのでもない。
本書に書かれているのは、小中学生の道徳の教科書のような内容だが、では、ここに書かれていることを実践できているかというと、できていない人が圧倒的に多いのではないだろうか。
特に「察すること」を重んじる日本人にとっては、自分の意見を率直に伝える本書の考え方はいかにもアメリカ的で、なじみにくい、と感じる人も多いだろう。ただ、「察すること」を発信側、受け手側のどちらもが相手に対して強要した結果、それがうまくいかないことで苦しんでいるのであれば、あと一言発する勇気をもつことはとても有効だと思われる。

私が印象的に感じたのは、基本的人権、表現の権利として、誰もがアサーション権をもっているとする第2章である。
特に「誰もが他人の期待に応えるかどうかなど、自分の行動を決め、それを表現し、その結果について責任をもつ権利がある」とする「アサーション権Ⅱ」。
つまり、他人がどう思おうと関係なく、私は自由に感じ、考えてよく、それを主張してもよい、ということ。
よく考えれば当たり前の権利なのだが、集団の中にいると「和を乱す」ことが忌み嫌われ、人と違った行動ができず、考え方も一定の方向に矯正されることが多い。そういった経験を繰り返していると、無意識のうちに相手に合わせ、人並み外れた考えや思いを抱くことを否定するようになり、やがては自分が本当は何を考え、どう思っているのかすらわからなくなってくる。これは楽なようで恐ろしいことなのだと思う。

何度か登場する「自分のアサーション度チェック」を通じて日々の言動を顧みると、コミュニケーションにおける自分の得手不得手が明確になり、ちょっとドキッとさせられる。SNSなどの普及により、直接会って話す比率がますます下がってきている今、改めてコミュニケーションとは何かを考える、良いきっかけになる本だ。