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最相葉月「絶対音感」(新潮文庫)
「絶対音感」について、執拗に執拗に、これでもかと調べつくした本。
その入念な取材に感服するとともに、「絶対音感」に加えて子育てや早期教育のあり方について考えさせられる本だった。




まず、「絶対音感」について興味深く感じた事柄を挙げてみたい。

●これまで「絶対音感=音すべてがドレミに聞こえること」だと思っていたが、そう単純なものではないらしい。人によって絶対音感のあり方は異なっており、音に色彩イメージが湧く(ドは赤、など)人もいれば、照明が音ととして聞こえてしまうような人もいる。

●日本での絶対音感教育の生みの父は、園田清秀というピアニストで、耳の良い西洋の音楽家達に追いつくために、彼の息子を実験台にしてメソッドを確立していった。

●戦時中は軍隊に絶対音感教育が採用され、敵の飛行機や潜水艦の位置を聴き分けるために悪用された。

●絶対音感は幼児期に身につけられる記憶の一種。同じ周波数で一定の刺激を与え続けることで、その周波数に対する感受性が高まり、それが音の高さの記憶に結びつく。

●絶対音感を身につけると融通がきかなくなるなどの弊害もある。たとえば、440ヘルツのピアノで絶対音感をつけたために、442ヘルツでチューニングをしているオケに合わせられない、楽器が温まって音が高くなると受け付けられなくなる、などだ。絶対音感は音楽を支える絶対の音感ではない。


そして、早期教育について。

筆者は絶対音感を「物心がつく前に親や環境から与えられた、他者の意志の刻印」だと述べ、幼児を音楽教室に通わせて絶対音感を身につけさせるために躍起になっているような親の姿を冷ややかな視点で分析しているように思われる。
そこには単純な音楽教育にとどまらない、親のエゴや親子の特別な関係性などが透けて見える。
特に第八章の、ヴァイオリニストの五嶋一家の話が印象強かった。

先述のとおり、絶対音感は幼いうちに学習させないと記憶として定着しない。子どもが自ら絶対音感を身につけたいと思えるような年齢になる前に、本人の意志とは関係なく、他人によって「勝手に身につけさせられる」ものなのである。
子どもが柔軟なうちに、少しでも将来の可能性を広げてあげたいという親心は分かる。
親のエゴで縛られた子育ての在り方はどうかと思う一方で、エゴのない子育てなど存在しないとも思う。
ただ、子どもが親の自己実現の代替品のようになってしまっているとしたら、子育てのあり方として歪んでいるのでは、などと考えこんでしまった。
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