妊婦と読書 ― ことばは、今も。
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津村記久子「とにかくうちに帰ります」(新潮文庫)
心惹かれるタイトルだ。



ドラマティックな展開など一切ない、どこにでもある会社の取るに足らないような日々が淡々と描かれている小説。
起こる「事件」といえば、豪雨で交通手段が途絶え、帰宅難民になったり、インフルエンザで社員の多くが会社を休んだり、といったどこの会社でもありえるような出来事で、あとはマイナーなフィギュアスケートの選手の応援に興じたり、嫌なタイミングで仕事の依頼をしてくる後輩にいらっとしたり、職場の先輩にお気に入りの文房具を盗られたのではないかと疑ってみたり…と会社生活での小さな出来事が綴られているだけ。退屈で、そしてリアルな会社員の日々が丁寧に描かれている。

個人的に心惹かれたのは、「職場の作法」の「ブラックボックス」でスポットライトが当てられている、「田上さん」の仕事ぶりである。おそらく専門的な知識などは不要の一般事務的な仕事(資料作成?)の担当者である田上さんは、頼まれた仕事を即座にこなして自分の能力の高さを示すのではなく、時にわざと時間をかけたり、「それは難しいですねえ」とやんわりと断ったりすることで、「自分の仕事はそんなに簡単にはこなせない仕事だ」と示す「ブランディング」をしている、というのだ。そして「どんな扱いを受けても自尊心は失わないこと」「不誠実さには適度な不誠実さで応えてもいい」ということを心構えにしている。
できることをあえてやらないというのは、「能力のない人」とみなされそうで、私にはできそうにないが、面白い発想だなと思った。
この田上さんをはじめ、人が嫌がっている話題をそうとは気づかずに持ち出し続ける無神経な北脇部長や、体調が悪くても会社を休まず、できる社員オーラと病原菌を振りまいている山崎さんなど、「他人のふりみてわがふり直せ」ということわざを思い出させられるような人々がたくさん登場する。読む中で、「いるいる、こういう人!」と登場人物たちに共感したり、、「こんな仕事の依頼の仕方はダメだよなあ」と思わず我が身を振り返ったりしてしまった。
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